大判例

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大阪高等裁判所 昭和32年(ま)2号 判決

請求人

中村要作

外一名

〔抄録〕

刑事補償法第二五条第一項の「免訴又は公訴棄却の裁判を受けた者は、もし免訴又は公訴棄却の裁判をすべき事由がなかつたならば無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるとき」の趣旨について考究するに、刑事補償は、国家が寃罪者に対してその損害を填補するもので、国家賠償が国家機関の故意又は過失を補償の要件としていること、即ち不法行為による損害の賠償であるのと異なり、故意又は過失のない場合、即ち適法行為による損害を補償しようとするもので、一般的な国家賠償制度の特例をなすものである。しかしてこの特例をどの範囲に認めるかが問題であつて、有罪の裁判をなすに至らなかつたすべての場合にその損害を補償すべきであるということは理論としては成り立つところであろうが、現実の問題としては国家の財政等の面から種々の困難が伴うところより政策上、現行の刑事補償法は寃罪者であること極めて明瞭なる場合と、それ以外の場合との間に一線を引き刑事補償は前者に対してのみなすことに制限している。即ち同法第一条の無罪の裁判の確定を受けた者と同法第二五条第一項の所定の者に限り刑事補償をなす旨規定しているのである。この無罪の裁判は、口頭弁論に基き事件の実体について裁判所の慎重なる審理判断の結果なされるものであるから、その裁判の確定を受けた者が寃罪者であることは明白であつて、憲法第四十条に基礎を置き当然刑事補償をなすべきものであるが、免訴又は公訴棄却の裁判は、事件の実体について何等判断することなくしてなされる終局裁判であるから、この裁判によつては直ちに被告人は寃罪者であるとは云い得ないところで、刑事補償を受くるには、更に実体的に罪責がなく寃罪者であることが明瞭なる場合でなければならないのである。刑事補償法第二五条第一項に「免訴又は公訴棄却の裁判を受けた者は、もし免訴又は公訴棄却の裁判をすべき事由がなかつたならば無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるとき」とあるのは、このことを意味するものであつて、換言すれば、免訴又は公訴棄却の裁判がなくそのまゝ公訴事実についてその実体の審理が続けられたならば、無罪の裁判を受けるものと認められる場合であつて、更にそう認められる充分な事由のあること、例えば、他に真犯人が検挙せられて有罪の判決を受けたとき、公訴事実が真実であつても何ら罪となるべき事実を包含していないとき等を指すのである。故に実体的に罪責あること明白な場合はもとより、実体的に罪責ありや否やそのいづれとも未だ明らかに認定し得ない場合は、これに該らない趣旨であると解するのが相当である。

(裁判長判事 万歳規矩楼 判事 武田好 判事 小川武夫)

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